氏名 |
山口 潤子
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論文題目 |
炭素安定同位体組成を指標に用いた海水中の溶存軽炭化水素類の挙動と起源の解析
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論文要旨 |
海水中に溶けている非メタン炭化水素類(Non-Methane HydroCarbons:NMHCs)は、
溶存有機物(Dissolved Organic
Matter:DOM)の一形態である。海水中の有機物の主要な形態であるDOMはプランクトンの代謝過程や粒子状有機物(Particle
Organic Matter:POM)の分解などにより生成されると考えられる。その混合比は溶存無機炭素 (Dissolved
Inorganic Carbon:DIC)の1/40程度であるが、全海洋における炭素量は大気中のCO2量に匹敵するものであ
り、地球表層の炭素循環においてDOMは重要な炭素プールとなっている。さらにDOMは難分解性分子が主体となっているため長期の炭素
リザーバーとしての役割も果たしており、さらに過去・現在の炭素循環情報や海洋環境情報の集合体でもある。しかし、海洋におけるDICの分布や挙動等の研
究例が多いのに対し、DOMの研究例は少なく、その挙動には不明な点が多いのが現状である。
本研究では海洋中におけるDOMの挙動解明につなげるために、化学式の分かっている超低分子DOMに分類されるNMHCs(C2〜C4のアルカン・アルケン)に着目し、その炭素安定同位体比(δ13C)を指標として海水中におけるNMHCsの挙動や生成過程の解析を行った。最初に溶存NMHCsのδ13C定量システムの開発を行った後、沿岸及び外洋域における表層海水中のNMHCsの濃度・δ13C値の実測を世界で初めて実現した。またδ13C値から生成メカニズムを考察する際に利用するために、沿岸海水や腐植物質に対する紫外線照射実験もあわせて行い、紫外線照射により生成するNMHCsのδ13C値を決定した。沿岸域での海水試料採取は忍路(北海道)及び東京湾で行った。まず忍路において6 月及び11月の2回に分けて沿岸海水中のNMHCsの濃度とδ13C
値の日周変化を調べた。測定した全ての物質の濃度は常に過飽和(飽和率565 %〜46044
%)であった。全体的な傾向としてはアルケン類(73〜2560 pmol/l)の方がアルカン類(14〜234 pmol/l)より
濃度が高く、また炭素数が小さい方が大きいものより濃度が高かった。また全てのNMHCs濃度に日周変化が見られ、濃度極小は全て夜明け直前であった。一
方濃度極大が 現れる時間帯は物質によって違いが見られた。
日中に濃度極大のみられるアルケン類については、日中のδ13C値が紫外線照射によっ て生成するものと同じδ13C値を示したことから、光化学的な生成過程が卓越していると結論した。また一日を通じて特に大きなδ13C
値の変動が見られなかったため、主な消滅過程は同位体分別が起こらない大気への放出であり、夜間は単に生成量が落ちた
ため濃度減少が起こったと結論した。一方、日没後も比較的高濃度を示すアルカン類
については生物による生成過程なども存在すると考えられる。さらに、低濃度時には 比較的重いδ13C値をとる傾向が見られたので生物による分解過程も存在するものと考えられる。
沿岸域と外洋域を比較するために白鳳丸KH04-3次航海の際、外洋海水試料の採取を行った。外洋域では沿岸域にくらべ全般的にNMHCsの濃度は低くδ13C値も軽い傾向が 見られたことから外洋域と沿岸域では基質のδ13C
値、もしくは基質そのものが違うものと考えられる。さらにKH04−3次航海では、鉄欠乏が原因と考えられる高栄養塩低ク
ロロフィル海域のひとつである北太平洋亜寒帯域において人為的な鉄散布実験を行ったので、鉄散布によって引き起こされた植物プランクトンの増加に伴う溶存
NMHCsの濃度・δ13C値の変化についても調べた。鉄散布後、5〜10日目にかけてクロロフィル濃度が増大したが、これに呼応
して11日目にはアルカン濃度大きな極大が見られた。航海期間を通じて光量に大きな変化はなかったことから、外洋中のアルカン類の生成に
は植物プランクトンが深く関与している可能性が高くなった。また濃度の増加に伴い C2H6、C3H8等のδ13C値は一様に軽くなったことから、植物プランクトンが関与する一連の生成過程では、軽いδ13C値をもつアルカン類が生産されることが明らかになった。 |
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