2003 年度 地球惑星科学専攻 修士論文要旨集
2004 年 2 月 4 日

氏名 廣田 明成
論文題目 メタンを指標に用いた海底湧水系における微生物活動の評価
論文要旨 中央海嶺、島弧火山、背弧拡大軸、ホットスポット火山などマグマが上昇してくる地 点では海底熱水系が発達することがある。海底熱水系とは地殻にできた断層や亀裂か ら貫入した海水が、上昇してきたマグマによって熱せられて膨張し、海底面から噴出 する現象である。熱水はその循環過程でCO2、CH4、CO、H2S、H2などのマグマ中のガス 成分を溶かし込む。また活発な熱水活動は直上の海水中に熱水プルームを形成する。 熱水プルームとは噴出した熱水がある深度まで上昇したあとに水平方向に漂うことに よってできる各種化学成分の濃度異常水塊の事である。近年この熱水系の内部や熱水 プルーム中に棲息する微生物が注目を集めている。熱水系の中は高温、高圧、無酸素 の環境で、熱水系や熱水プルーム中に棲息するこれらの微生物は熱水中に存在する CH4、CO、H2S、H2などの化学物質をエネルギー源としている。これが生命の祖先が誕 生したのと同様の環境であるため最初の生命に近い始原的生物が存在していると考えられるからである。

しかし、微生物活動の有無について培養実験や遺伝子解析などの手法を使って微生物 から直接研究する手法には限界がある。そこで、本研究では微生物が活動すると利用 された物質の濃度が変化するとともに、その物質の同位体比も変化することに着目し た。つまり熱水中に含まれるこれらの物質の濃度と同位体比を測定することで微生物 活動を評価する指標にできる可能性があるのである。本論文では主にメタンを指標に 用いて、熱水系内部とその周辺における微生物の活動について考察した。

主な研究サイトは水曜海山熱水系と南部マリアナトラフ背弧拡大軸の熱水系である。 水曜海山はカルデラの中の複数のベントから熱水が噴出していて、高温の熱水と比較 的低温の熱水とがある。高温熱水のメタンの濃度は164±8 μmol/kg、炭素同位体比は -5.8±0.2 ‰PDBで、低温熱水は濃度が220±40 μmol/kg、炭素同位体比は-4.9±0.3 ‰PDBであった。これらのサイトは数十メートルほどしか離れていないので違う起源の熱 水が噴出しているとは考えにくい。そのため海底下で何らかの作用を受けて濃度と同 位体比が変化したものと考えられる。また南部マリアナトラフ背弧拡大軸の熱水系で も高温の熱水と、その脇に比較的低温な熱水が確認できたが、高温熱水のメタン濃度 は26±2 μmol/kg同位体比が-4.6±0.2 ‰PDBという値を示す一方で、低温熱水の濃度は 65±29 μmol/kg同位体比は-8.0±0.2 ‰PDBとやはり異なる値を示した。ここも距離が ほとんど離れていないので違う起源の熱水とは考えにくい。このように起源の同じ熱 水であるにもかかわらず組成の不均一を引き起こす原因として熱水系内における微生 物の活動が考えられる。仮に微生物がメタンを生成したとすると濃度が増加し同位体 比が軽くなる。またメタンを酸化分解したとすると濃度が減少し同位体比が重くな る。こういった微生物による作用が噴出孔ごとの同位体比の変化に関係している可能性がある。

一方プルームについては、水曜海山熱水系が形成しているプルームのメタン濃度の逆 数と同位体比はよい直線関係を示した。これは熱水と海水が単純に混合していてその なかでメタンの酸化はほとんど起きていない事を示している。また、このプルームの 高濃度側の端成分は-5.4±0.2 ‰PDBで、同位体比の軽い高温熱水(-5.8±0.2 ‰PDB)と 重い低温熱水(-4.9±0.3 ‰PDB)の間であるため両者がプルームの形成に寄与している と考えられる。南部マリアナトラフ背弧拡大軸では違う同位体比のメタンを含んだ2種 類のプルームが確認され、一つは-4.6±0.9 ‰PDBと重く、もう一つは-46.9±1.8 ‰PDBと軽かった。水曜海山同様どちらの熱水プルームでもメタンの酸化はほとんど起き ていなかった。重い同位体比を示すメタンのプルームは高温熱水の値(-4.6±0.2 ‰PDB)と一致することからこのプルームは高温熱水のみによって作られていると考えら れる。一方、低い同位体比を示すプルームの存在から南マリアナトラフ背弧拡大軸に はいまだに発見されていない軽いメタンを噴出する熱水サイトがあることが示唆される。