日本海・上越沖海底で発見されたガスハイドレート塊中のメタンの起源と
周辺海水中におけるメタン濃度異常水塊の分布
地球化学グループ 三枝 俊介
上越沖の海鷹海脚(37°26’N, 138°00’E)およびその周辺海底では、物理探査によってガスハイドレートの存在を示す海底擬似反射面(BSR)が海底下に広く分布することが明らかになっている(JNOC, 2005)。またピストンコアラーなどを用いた調査で小石大のCH4ハイドレートが回収され、そのδ13C値が-37.1〜-37.3 ‰と、熱分解起源である可能性が高いことが判明している(JNOC, 2004)。さらにこの海脚周辺の海水中では複数回にわたりCH4の高濃度異常水塊(プルーム)が観測されており、海底下から海水中にCH4が湧出していることも明らかになっている。海底下にハイドレートとして胚胎されたCH4が海水を通過し大気まで到達するか否かは過去あるいは将来の急激な気候変化を考える上で極めて重要であり、また資源としてのCH4ハイドレートを考える上でハイドレートの成因を明らかにすることも重要である。
本研究では2006年秋に上記海域およびその周辺において無人潜水艇による海底観察と試料採取をおこない、この海域においてガスハイドレートを形成したCH4の起源の解明を試みた。また海鷹海脚を中心に半径5 km以内の22地点で海水試料を各層採取して海水中のCH4濃度分布を定量化することで、湧出からプルーム形成に至るCH4の挙動や、この海域における海底下からのCH4フラックス、さらに大気へのCH4放出の可能性の有無を検討した。
無人潜水艇を用いた調査では、上越海丘(37°32’N, 137°56’E)頂上部で純ガスハイドレート層の露頭を視認した。また海底からのバブル放出のほか、長辺が1 mに達するガスハイドレート塊が海底面上に散乱しているのを確認した。さらにこのガスハイドレート塊の回収作業中に、低密度のガスハイドレート塊が海底から離脱し浮上を始めたため、浮上に伴う高温低圧化によってハイドレートが分解する様子を観察した。ハイドレート塊は水深約200 mで急激に発泡を強め、水深70 m付近で数個の破片に分裂したものの最後まで自身の浮力で浮上し海面に到達した。浮上した小片は直ちに回収し、分析に供した。ハイドレートを構成するガスの主成分はCH4で、他に硫化水素などを含む。またδ13C値は陸上域を中心とした近隣の油ガス田に含まれるCH4のそれと一致した。この他にハイドレート露頭周辺を中心に堆積物中に含まれるCH4の濃度およびδ13C値の測定をおこなった。ハイドレート発見域周辺で採取した試料ではCH4濃度が約50〜22,000 μmol/kgと、通常の堆積物(約1 μmol/kg程度)と比べて極めて大きな異常を示した。CH4およびC2H6のδ13C値はガスハイドレートの値と一致したことから、ハイドレートを形成したものと同じ炭化水素が何らかのプロセスで広域的に海底直下まで供給されていることが明らかになった。
一方海水中のCH4濃度分布から、海鷹海脚周辺海域では底層よりむしろ中層に強い濃度異常が存在し、450 m〜660 mの範囲では放出源からみて北東の方向にCH4プルームが広がっていることがわかった。これはガス態で湧出したCH4が深層水中ではガスハイドレートの膜に包まれて安定化し、水深500 m前後まで海水に殆ど溶解しないためであると思われる。また濃度分布よりCH4フラックスは20×106 mol/year前後と見積もられ、南海トラフより一桁多く、米国オレゴン沖のHydrate Ridgeより一桁少ない規模であることがわかった。但しハイドレートの浮上の観測事実が示すように、十分な大きさのハイドレート塊であれば1,000 mの深海底からでも殆ど分解されずに海面に到達し、大気中に到達することが明らかになった。CH4の鉛直プロファイルから見る限りこのようなハイドレート塊の浮上は定常的に起きているわけではなさそうだが、イベント的に大量のCH4を大気および海水中に放出している可能性がある。