2004 年度 地球惑星科学専攻 修士論文要旨集
2005 年 2 月 2 日

氏名 小坂 紋子
論文題目 マリアナ弧の島弧海山から湧出する超酸性海底熱水と前弧蛇紋岩海山から湧出するアルカリ性海底冷湧水の起源について
論文要旨  TOTOカルデラは南部マリアナ域に位置する島弧火山フロント上の海底海山である。山頂に長径約6.5 km、短径約4 kmのカルデラを持ち、カルデラ内にはいくつかの熱水 噴出孔がある。また、マリアナ前弧域に位置する南チャモロ海山は円錐形をした主に蛇紋岩で形成された海山である。その山頂付近には化学合成生物群集が存在 し、冷湧水が湧出していると考えられる。今回の研究では「しんかい6500」/「よこすか」を用いてそれぞれの海山で高温熱水と冷湧水の採取を行い、化学 組成を明らかにした。
 TOTOカルデラでは3つのサイト(White smokerサイト、Clear smokerサイト、Sulfur chimneyサイト)から熱水を採取することができた。熱水の塩化物イオン(Cl-)、ナトリウ ムイオン(Na+)、マグネシウムイオン(Mg2+)等の濃度や水のδD、δ18O 値から、海水と真水成分(マグマ性流体)が混合していることがわかった。海水がマグマにより熱せられて噴出する一般的な熱水系とは違い、TOTOカルデラ の熱水系は火山ガスが直接海水に溶け込んで加熱され噴出している。また、White smokerサイトから採取した熱 水のpHは1.6と非常に低く、現在世界最小値と考えられる。これは火山ガスの主要成分であるSO2が水に溶けることによって起こ る不均化反応によって同時に生成した硫酸 が原因であろう。名前の由来にもなったWhite smokerのwhiteは同じく不均化反応によって生成されたS(単体硫黄)であると推測できる。一方、Clear smokerサイトおよび Sulfur chimneyサイトのpHが5.6とそれほど低くないのは、H2Sの方がSO2よりも豊富で、不均化反応の影響が小さくなるからであると考えられる。このように、White smokerサイトではSO2が多く、Clear smoker サイトおよびSulfur chimneyサイトではH2Sが多いのは、マグマ中での硫黄の平衡が、高温ではSO2、低温ではH2S に傾くため であると考えられる。つまり、White smokerサイトには高温火山ガスが、Clear smoker サイトおよびSulfur chimneyサイトには低温火山ガスが溶け込んでいると考えられ る。溶存ガス成分の濃度に注目すると、White smokerサイトではCOが多く、Clear smokerサイトおよびSulfur chimneyサイトではCH4が多いが、これもマグマ中での炭素の平衡が、高温ではCO、低温ではCH4に傾くためであると考えられる。

 一方、マリアナ前弧蛇紋岩海山から採取した冷湧水は、周辺海水の約300倍のCH4濃度を示し、CH4に富んだ湧水が湧出していることがわかった。CH4の炭素安定同位体比と濃度の逆数の関係から海水の希釈を補正するとδ13C値は-10.2‰PDB前後と重い。このように重い炭素同位体比を示すCH4の起源としては、有機物の熱分解か、 無機的なCH4合成過程しか起源として考えられない。前者の場合は、C2H6が相当量含まれるはずであるが、チャモロ海山の冷湧水中にはC2H6が含まれていなかったため、CO2などを起源とする無機的過程が起源である可能性が高い。南チャモロ海山をはじめとしたマリアナ前弧の蛇紋岩海山については海洋プレートが沈み込む過程で、 上部マントルの成分であるかんらん岩とプレートから搾り出されたH2Oが反応し生成したH2と蛇紋岩が起源となっているという説がある。この蛇紋岩化の際に生成したH2と かんらん岩(マントル)中のCO2とが無機的な反応を起こし、生成したものが湧水中のCH4ではないかと考えられる。