角皆・中川研究室の研究紹介
「同位体」指標について

我々の周囲は数多くの「分子」で構成されています。環境中に存在するこれらの分子の起源は多様で、同じ分子であっても生成するプロセスは多岐に渡ります。現在の地球環境はどうしてこのような状態にあるのか、過去の地球はどんな環境だったのか、そして将来はどうなっていくのか、こういった問いに答えを見つけるためには、我々の周辺に存在する重要分子について、それがどこからやってきて、またどこに消えていくのか明らかにする必要があります。しかし巨大で複雑な地球システムにおいて、この問いに答えを見出すのは容易では無く、多くの専門家が壁に当たっています。

そこで我々は「同位体」という指標に着目しています。例えば二酸化炭素や一酸化炭素、メタンなどの分子の分子式は「CO2」「CO」「CH4」という形で、それは誰が出しても同じです。
しかし分子一個あたりの精密な重さは誰が出したかでわずかに異なります。理由は各構成元素(炭素や酸素など)は重さが異なる複数種類の「同位体」という基本単位から成り立っており、しかもその相対比が発生源毎に微妙に違うからです。例えば私が呼吸して出す二酸化炭素は、土壌中で微生物が呼吸して出す二酸化炭素と比べると、分子一個あたりの重さが0.0002%だけ軽いのです。このような放出源毎の重さの違いを「指紋」として利用することで放出源を特定する指標として活用することが出来ます。指標としては指紋やDNAほど一般的な段階には達していませんが、私たちはその将来性に期待して研究を進めていますし、既に成果を挙げつつあります。

これまで私たちの研究室では多くの分子について分子毎の重さの僅かな変動を、微少量でしかも短時間で計測する手法の開発を手がけて来ました(その技術において世界一を自負しています)。そして大気や海洋や海底堆積物中、さらに地殻や地殻内を流動する流体中に含まれる様々な分子について、「同位体」を指標としてそれが何処からどういうプロセスを経てそこにやってきたのか、そしてどこへ消えていくのか解析しています。またこのような解析に利用するために、様々な放出源から出てくる時に各分子が持つ重さを事前に決めておくような仕事にも精力的に取り組んでいます。

また世に自信を持ってデータを送り出すために、同位体定量に使用するような試料は極力自らの手で採取することを心がけています。このため観測船、掘削船、潜水船、航空機、高層ロケットや気球などの最新観測システムも積極的に用いて試料を採取しており、試料採取機器の開発に自ら取り組むこともあります。また利用する指標は同位体に限定したわけでは無く、場合によっては目的や対象となる物質の性質に合わせて、多様な分析手法を自らの手で開発しています。

「気体分子」の重要性について

私たちが同位体測定などの研究対象として取り扱う物質の多くが、「気体分子」です。これは私たちが暮らす地球の表層の環境下で、気体として存在している分子のことです。希ガス類を除くと炭素・水素・酸素・窒素の化合物であることが多く、たまに硫黄やハロゲンを含むものも存在していますが、それ以外の元素が含まれていることは滅多にありません。

多くの場合、この気体分子を目で見ることは出来ません。そのせいか、地球科学という研究分野では忘れられることが多い物質です。例えば「全岩組成」という言葉があります。本当は対象となっている岩石を構成する全ての元素の化学組成を意味しているはずなのですが、実際は固体を形成している元素の組成だけが「全岩組成」と呼ばれ、岩石中の気相領域を構成する気体分子中の元素が「全岩組成」に掲載されているのを見たことはありません。無視されるのが気体分子の特徴かもしれません。

しかしこの気体分子には重要な性質があります。それは、地球の大気圏を構成出来るという性質です。固体物質の場合は重力のせいで、大気圏に出ることはほとんど出来ませんが、地表付近で生成した気体分子は、そのまま大気圏に出て行くことが出来ます。大気圏に出た気体分子の中には、地球環境に対して大きな影響力を持つものが多く存在します。例えば、二酸化炭素・水・メタン・一酸化炭素・窒素酸化物・ハロゲン化炭化水素・酸素・オゾン・水素などがその代表格です。その存在量の変動は、例えそれがほんの僅かな変化でも、地球の環境を激変させるポテンシャルを持っています。これが私たちが気体分子に着目している理由の一つです。

またもう一つ重要な性質に生命活動と密接にリンクしているという点です。地球に光合成生物が登場したおかげで、大気は二酸化炭素が減って酸素が増えました。また地球の生命のほぼ全てを占める微生物の大部分は、気体分子を生命活動のエネルギー源として利用し、他の気体分子に変換し、放出しています。気体分子の生成と消費こそが生命活動と言っても言い過ぎではありません。

気体分子は多くの場合、固体や液体などのより大きな分子をその前駆体として、大気中で、水圏中で、あるいは地圏中で様々に形を変えて動き回ります。また先に述べたように、その生成・消滅に、(微)生物が関係していることが多いのも重要な特徴の一つです。つまり気体分子を研究する場合には、空も海も海底も陸も川も森も湖も都市も水田も火山も研究フィールドになります。また地球科学だけでなく化学や生物学の知識も必要になります。

現在進行中の研究テーマ

具体的には、以下に示すような研究を現在展開しています。
  ●大気ー海洋ー陸域における各種微量気体分子の起源や挙動に関する研究
  ●海洋フロンティア領域(深海底の熱水系やメタン湧出系、泥火山など)の開拓研究
  ●海底下における始源的微生物活動に関する研究
  ●海底堆積物やアイスコアなどを用いた過去の地球環境の復元に関する研究
  ●同位体質量分析をはじめとした新規化学分析システムの開発研究

現在北海道大学21世紀COE「新・自然史科学創成」をはじめとした多くのプロジェクトの支援を受けて研究を進めており、次世代の中核研究として多くの方に期待されています。
より詳しい話を聞きたい方は角皆(つのがい)または中川までご連絡下さい。
また論文(publications)や学会報告の内容(presentations)、さらに分析に用いる機器(facilities)など、より詳細に興味のある方は左の各リンクを参考にして下さい。