サハリン泥火山調査
2006年8月、研究室としては珍しく、海外で本格的陸上フィールド調査を敢行しました。

行き先はロシア領のサハリン島です。サハリン島の陸上部や周辺海底では「泥火山」と呼ばれる不思議な山が、泥水とともに多量のメタンガスを地上に噴き出しています。今回の調査の目的は同位体を使って泥火山が放出するメタンガスの起源を解明することです。以前からこの課題に取り組んでいたロシアの科学アカデミー太平洋研究所の気体地球化学グループとの共同研究です。また日本学術振興会の二国間交流事業から資金援助を受けています。

(右図はサハリンの簡単な地質図です。★印は泥火山、印は炭化水素ガス自噴域、印は原油を伴う炭化水素ガス自噴井の位置を表します。)

稚内のフェリーターミナルにて。左手前の試料容器や採取器具の入った白いポリコンテナは、この後ロシア到着とともに税関に没収される。
稚内発ーコルサコフ行きのフェリー
ホテルから見る州都ユジノ・サハリンスクの街並み
ペリメニ入りのビーフ・ストロガノフ。事前の予想に反してロシア料理は美味かった。手持ちで日本から大量のインスタント食を持ち込んだが、無用であった。
ユジノ・サハリンスクの街並み(その1)
ユジノ・サハリンスクの街並み(その2)
食料品店で食材調達中。店員は終始笑顔なし。サハリンの人の特徴らしい(ロシア人研究者談)。
泥火山調査出発直前でまだ元気。右端はロシア科学アカデミー太平洋研究所のレナート博士。
同じく泥火山調査出発直前。背後は宿泊したホテル。日本語訳するとホテル「地質学」。せめて名前だけでも「地球化学」にしとけばもうちょっと洗練されたホテルになっていたろうに・・・。
林道を歩いていくと、突然森が開けて、最初の調査地点ユジノ・サハリンスク泥火山(YSMV)に到着。前方の緑の無い部分が新しい山体だが、周囲の草地も既に山体の一部。
泥火山中央の噴気孔。ゆっくり泥水が噴き出している。
活発な噴気孔を真上から見たところ。噴気孔の直径40cm程度。同心円状の模様は噴出するガスの泡。
泥火山中央の山頂部から下を見下ろしたところ。森との境界まで泥が流下した跡が見える。中央付近の木が昨年の「噴火」でなぎ倒されている。
噴気ガスの採取風景。日本から持ち込んだガラス製採取器具は税関に没収されてしまったため、使い捨ての医療用プラスチックシリンジで代用。
噴気孔に棒を刺して深さを測ってみます。
全部埋まってしまいました。
次は鉄道を利用して第二の調査地点、Terpeniya 湾岸のPugachevskaya 泥火山群(PMV)に向かいます。BGMは世界の車窓から。各車両には必ず女性車掌が常駐していて、常に怒っています。
無人駅を降りると、そこから先は公共交通機関はありません。頑張って歩きます。
この森の中に泥火山があるはず。
ここ1年の間に山火事があったらしく、森の雰囲気が変わってしまった。泥火山が見つからない・・・。
ついに泥火山発見。木の向こう側の白い部分が泥火山の山体。YSMVよりさらに粘性が低いらしく平べったい。
最近新しい「噴火」が起きた模様。泥が真新しい。
噴気孔。
泥火山中心部から周辺を見た景色。中央に噴気孔。
調査は無事終了するもユジノ・サハリンスク行きの終電無くなり帰れなくなる。しょうがないので近隣の特急停車駅で明朝の特急を待つことに。駅前にホテルかパブぐらいあるだろうという予想に反して何と住人ゼロ、信号だけの無人駅。仕方ないので海岸で野宿。こういう時に限って日本から持ってきたインスタント食を持参せず。
海岸で浮浪者状態のマジ野宿。やらせではありません。目の前のオホーツク海では中川・石村・廣田の乗った「みらい」が調査航海中のはず。きっと美味いもの食ってるんだろうなあ。
午前4時の無人駅で帰りの特急を待つ。この後、時刻通りに特急が到着するも、ゲシュタポのような女性車掌に「満席」を理由に乗車拒否される。レナート博士が必死に食らいつき、何とか乗車に成功。15分遅れで特急発車。乗ったら客席はガラガラ。乗車後寝台で寝ていたら、客室係の女性にも怒鳴られる。予定外の駅で人が乗り、仕事が増えたのが理由。まだまだ社会主義は続いている。
無事ユジノ・サハリンスクに戻る。井尻とレナート博士はそのまま税関に呼び出される。残り二名は、市内観光。どうみても日本から運ばれてきたと思われる中古車多し。写真も個人の車で、ロシアの郵便小包配達車ではありません。念のため。
旧樺太庁舎。
市場。
レストランで打ち上げ。レナート博士に感謝。
没収されていた荷物を取り返して出国。稚内に向かう。コルサコフ港の全景。