<散文>

海洋一酸化炭素の同位体比定量への長い道のり・・・


関係者紹介


中川書子: COの同位体研究に皆を巻き込んだ張本人。
角皆潤: この研究の最大の協力者であり被害者。今日も雄叫びが鳴り響く・・・。
蜂須洋輔: 東工大角皆研の最初で最後の貴重な学生。船に弱いのは不幸だった。
吉田尚弘: 中川書子の恩師。好きにさせてもらったことに大変感謝しています。
小松大祐: 北大蒲生・角皆研大気班の学生頭でありホープ。頼りにしています。
蒲生俊敬: もともと海洋観測に縁遠かった発表者をその道に導いて下さった仏様。
石橋純一郎: KR01-15「かいれい」調査航海の主席または臨時コーヒー店の店主。
井尻・工藤・上妻: 石狩浜サンプリングに参加して下さった頼もしい(?)学生。


はじめに


 一酸化炭素(CO)といえば、「自動車の排気ガス、ストーブ、火事によるCO中毒」を連想する人が多いであろう。確かに、「不完全燃焼反応」が大気COの大きな発生源であることは間違いない。しかし、それに負けないくらい大きな発生源があったりするのである。

それは、「有機物の光酸化反応」である。そう、有機物に光(特に紫外線)があたると、COはバキバキ出来てしまうのだ。その最も大きな発生源として知られているのは、大気中のメタンや非メタン炭化水素の光酸化反応であるが、海水中でもCOは生成され、多少なりとも大気中に送り出されているのだ。

でもここで、ある人は「海水中の方が大気に比べて有機物量が多そうなのに、何で発生源としてはメタンや非メタン炭化水素の光酸化反応に劣るの?」と疑問に思うかもしれない。確かに、海水中の溶存有機物量から考えると、もっともっと大きな発生源になってもおかしくない。
でも実際はそうなっていないのは、海水中にCOの消滅過程が存在するからなのである。

我々人間の肉眼では見ることも出来ないほどの小さなバクテリア達が栄養源として取り込んでいるのだ。彼らが居なくなってしまったら、大気中のCO濃度はもっと高くなってしまうかもしれない。(そう考えると、我々はバクテリア達に感謝して生きていかなければならないのではないだろうか。まして、海水試料の保存用に塩化水銀等を入れて殺しているなんていう者は、一級犯罪者である。心当たりのある海洋化学研究者は、この場で懺悔をいたしましょう。)

このように、海水中では、COの生成反応と消滅過程が同時に起こっているわけだが、その詳細なメカニズムについては、まだまだよく分かっていない点が多く残されているのが現状である。「炭素・酸素安定同位体組成(d 13C・d 18O)は、それに重要な情報を与える可能性がある」ということで、海水中に溶存しているCOの安定同位体組成に関する研究が1999年4月に開始されたのだが、それは悪戦苦闘(一喜一憂)する日々の始まりであることをその時は知る由もなかった。


溶存COの安定同位体組成の測定への道


それまでのCOの安定同位体組成は、真空ライン中で、前処理(分離・精製、CO2への変換)を行ってからアンプル管に一時保管し、それを安定同位体質量分析計に導入して、Dual Inlet方法によって測定を行っていた。

しかし、この方法では、マイクロモルオーダーのCO(海水試料では数百リットル程度)が必要であったため、測定は非常に厳しい状況であり、試す者はどこにもいなかったし、我々もその気は全くなかった。

そこでまず、ナノモル(うまくすればピコモル)オーダーの試料測定が可能であると期待される連続フロー質量分析法(キャピラリーガスクロマトグラフィーと安定同位体質量分析計を合体させたもの)でCOの測定が出来るようにする仕事から取りかかった。

原理的には、従来法の前処理部分のミニチュア版を作れば良いかと思われたが、世の中そんなに甘くはないということを痛感させられた。

COは非常にやっかいな物質であったのだ。測定ラインは日々姿を変えていった。

測定シートのサンプル名のところには、早く本当の試料名を入れたいのに、入力するのは「TEST○○○」TESTの後の数字を増やしていくだけだった。机の上には、虚しく積み上げられる測定シートの山。毎日が絶望的な気分だった。

だから、測定出来るようになった時(1999年12月)の喜びは大きかったように思う。(で、その作品はどんなものなの?って、Rapid Communication Mass Spectrometry(RCM)に掲載されています。)

また、COの安定同位体組成の測定方法の確立はここで終わったわけではなく、その後も進化し続けている。(で、どう進化したの?って、Analytical Chemistryに掲載されます。


溶存COの安定同位体組成には大きな日周変化が!!


 ・・・とまあ、悪戦苦闘したあげく、ようやく測定可能になったのは12月某日、折しもマシンタイム交代日の前日であった。次の利用者は、はるばる名古屋からお越しになる方であったため、マシンタイムの延長は無理だった。

あと一日で何が出来るだろう・・・ということで、東工大内の人工池で2時間おきにサンプリングを行っては測定することに決定。日中はまだ良かったが、真冬の夜のサンプリングは、ついつい出るのが億劫になるくらい本当に寒かった。真っ暗闇の中で一人、孤独な作業であった。

さてさて、結果の方は?・・・ななんと、CO濃度変化と共に大きく変化するではないか!!

体の方は徹夜と寒さでつらかったが、心の中は測定の度に新しい値とご対面する喜びで満たされていた。

翌日、名古屋からのお客さんに無理を言ってマシンタイム半日延ばしてもらい、出来た1日半の結果がRCMに載った論文のFig.5である。


一夏の思い出・・・初めての海水サンプリング


 時を少し戻して、1999年7月某日。測定法の開発と並行して、海水試料を採ることに。

東工大から日帰りで行って来られる場所として、マグロで有名な三崎海岸が選ばれる。

三崎海岸には東大臨海実験施設がある。立ち上がったら転覆しそうな小さなボートで、沖合数キロメール地点まで行き、ニスキン採水器(およそ10kg)の上げ下ろしを深度別(0m-50m)に8回行った。

真夏の炎天下での作業は猛烈に暑く、波も高かったためボートは大きく揺れ、乗っていた全員(3人)が気持ち悪くなってしまった。しかし、船の上では弱音を吐いてはいけないと、作業の手だけは止めずに頑張った。

岸に向かう間、皆疲れきった顔をしていたが、特に蜂須君は、ぐったりと寝こんでいた(思えば、船に弱いという兆候がここで出ていたのだが、その後、2回の航海に乗せてしまった)。

これだけ大変な思いをしたにもかかわらず、脳裏に残っているのは真夏の美しい思い出・・・時代を思わせる趣のある素敵な建物、青空と蝉の鳴き声、そして帰りに食べたマグロの刺身である。


困った・・・海水中のCOは、長期保存が利かない!!


 三崎海岸で採取した試料を測定していくうちに、あることに気がついた。

それは、海水中のCO濃度が、ゆっくりとではあるが増えているということであった。

溶存二酸化炭素・メタン・亜酸化窒素の場合、海水試料に塩化水銀を入れさえすれば、1,2年の保存が利くものなのだが、COの場合、1ヶ月以上経つと明らかに増えているのだ。

どうやら、溶存有機物が無機的に分解されてCOを生成しているようなのだ。ということは、海水試料の場合、サンプリング後1週間以内に測定をしなければならないということになる。

これは、またまたやっかいな問題が発生してしまった。ため息が出た。


石狩浜24時間釣り大会!?


 時は、2000年初夏。とにかく、実際の海水中でのCOの日周変化を追いたかった。しかし、こちらの希望通りになる航海(一定の場所に24時間以上留まり、数日で戻ってくる)は、すぐには出来ないものである。

そこで、急遽沿岸で24時間サンプリングをすることに。北大蒲生・角皆研の予定表には、「7/6-7石狩浜24時間釣り&バーベキュー大会」という掲示がなされた。

もともとお祭り好きの北大生、ほぼ全員の学生が参加することに。院試を控えた4年生は、参考書を持っての参加(絶対勉強できないと思うんだけど・・・)。一見楽しそうなこの企画。しかし、実際はとってもハードな24時間なのであった。

石狩浜は、北大から最寄りの海岸といえども車で40分はかかる。そこを2時間おきに原付で往復するわけだから大変である。また、何も無い海岸に24時間居続けるというのも、結構辛いもの。

前半(夜の部)は盛り上がっていたようだけど、後半は炎天下の中、皆トドかマグロ状態だったとか。

かくいう私はと言いますと、実験室で孤独な時間を過ごしていましたが、もしかしたら一番良い立場だったのかもしれない。

その時協力して下さった皆様、ありがとう!!


外洋サンプリングへの挑戦


 沿岸海水中のCOを測定しても、海洋COの代表となるとは思えない。何とかして、外洋でのサンプリングを実現させなければならない。しかし、大抵の外洋航海には、短くても10日間、長いものでは2ヶ月以上の日数がかかる。そんなに時間をかけたら、溶存COはどんどん変質してしまう。

「これはもう、現場抽出しかない!」ということで、船の中に真空ラインを持ち込むことに。しかし、実験室で行うようなCOの抽出・回収には液体窒素・酸素等の冷媒が必要になるが、これらの冷媒を船に乗せることは許されなかった。

そこで、真空ガラス容器中の一部に海水試料を入れ、ヘッドスペースの気体を持ち帰ることにした。それを実践することが出来たのが、2001年12月の航海(KR01-15「かいれい」調査航海)である。


おわりに


 とまあ〜、世の中そう甘くないものである。だけど、諦めずに続けていけば、それなりに進んでいくものである。これを読んで下さった皆様、お疲れさま。そして、適度に頑張りましょう。